カテゴリー別アーカイブ: SF小説

山本弘「プロジェクトぴあの」

noteで配信された、あとがき「これは『ハードSF作家・山本弘』の遺書だと考えてください。」という殺し文句に突き動かされて本書を購入ダウンロードした。作者は、2年前に罹患した脳梗塞で計算能力と論理的思考能力を失ったままだという。

noteの記事へのリンクは下記。

https://www.hayakawabooks.com/n/nf9f666619589

タキオン推進を開発する、マッドサイエンティストのアイドル歌手の10年間に渡る物語である。あとがきで触れられた通り、主人公の結城ぴあのは、性格から行動まで首尾一貫的に人類の規格を超えた、非常に魅力的なキャラクターだ。

巻末の野尻抱介による解説にさらに追加すると、ファインマンの教科書「ファインマン物理学II」の第21章「爪車と歯止め」に、ブラウン・ラチェットが詳述されている。ここでの扱いは、むしろ、熱力学第2法則が破れないことの例証としてだ。

太陽のスーパーフレアから、第2国際宇宙ステーションに取り残されたクルーを救出する場面で、このブログの筆者は感極まって声を上げて泣きそうになったことを告白しておく。

ケン・リュウ編「月の光」

「紙の動物園」のケン・リュウが、編纂・英訳を行い、その邦訳として2018年に出版された現代中国SFアンソロジー「折りたたみ北京」は、多くの読者を獲得した。これに続く現代中国SFアンソロジー第二弾が「月の光」だ。14人の作家による16篇が収載されている。

もっとも胸を打ったのが宝樹(バオシュー)の「金色昔日」だった。作中の世界では、歴史がわれわれの世界とは逆向きに進行する。繁栄の日々は過去のものとなり様々な出来事を経て、毛沢東と文化大革命の時代から、蒋介石と中華民国の時代に移っていく。過酷な歴史に翻弄される主人公の生涯、幼馴染の恋人との別れ、再会、また別れが描かれる。

途中語られる「朝三暮四」の故事に色々考えさせられた。猿に栃の実をあたえるとき、朝に三個、夜に四個やると、猿は怒った。そこで朝に四個、夜に三個やると、猿はよろこんだと。時間の流れ方により現在の状況は変わろうと、幸せの総量は同じということか。

Twitterから、「折りたたみ北京」が中国で映画化されるニュースが飛び込んできた。

https://virtualgorillaplus.com/movie/folding-beijing-adoptation/

陳楸帆(チェン・チウファン)「荒潮」

中国南東部のシリコン島で日々、電子ゴミから資源を回収して暮らす最下層民「ゴミ人」。主人公の米米(ミーミー)もそのひとり。彼女たちは昼夜なく厳しい労働を強いられ、得たわずかな稼ぎも島を支配する羅、陳、林の御三家に搾取されていた。そんな中、島をテラグリーン・リサイクリング社の経営コンサルタント、スコット・ブランドルとその通訳である陳開宗が訪れて、事態は変化する。

「三体」の劉慈欣が「近未来SF小説の頂点」と絶賛した本書。中国での出版は2013年、英訳が2019年で、2020年1月に邦訳が発売された。

「最近の金持ちは携帯電話を換えるように手足を換えるんです。」ゴミにはウイルス(電子的なもの、病原体の両方)などで汚染された生体部品が混ざり込んでいた。

背景に潜んでいた「荒潮計画」。ビスマルク海海戦で沈んだ日本海軍の駆逐艦「荒潮」。艦長の婚約者だった生化学者鈴木晴川は、戦後米軍と契約し幻覚剤兵器の開発を主導したのだった。

「荒潮」もダンピール海峡の悲劇も私が知ったのは、今年で7周年となる艦船を擬人化した某ブラウザゲームでだが、本作の執筆は2011年から2012年ということなので、ゲームとは無関係のところから作者の構想が生まれたのは確かだ。

巨大人型兵器と主人公の精神感応リンクも描かれる。英訳版の表紙はこれによる。

陳楸帆の短編は、ケン・リュウ編集のアンソロジー「折りたたみ北京」(2018年)で、「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」の3篇が出版されている。とくに「鼠年」の印象が深かった。本シリーズの第2弾「月の光」には、「開光」「未来病史」の2篇が載っている。これから読む予定だ。

劉慈欣「三体II黒暗森林」

劉慈欣の三体3部作の第二作「黒暗森林」が本年6月18日に発売となりました。私自身は6月中に読み終わっています。このブログに載せるのが遅れるのはいつものことですが、ネタバレしたら絶対にまずいストーリーの大展開が何度もあるので、具体的な紹介が書けないことも遅れの原因でした。

このブログ内では、2019年8月の投稿で最初の「三体」第一作の紹介をしています。まだお読みでなければ、そちらをお先にどうぞ。

三体世界からの侵略艦隊の到着を四百数十年後に控えた地球は、11次元の陽子から作られた、タイムラグのない量子もつれによる通信が可能な、智子(ソフォン)の監視のもとにある。人間の心の中だけが智子にのぞかれない場所だという理由で、4人の選ばれた面壁者に人類の未来は託された。

小川哲「ゲームの王国」

上巻は、カンボジアの過去を舞台とした歴史小説。シハヌーク翼賛体制からロン・ノル政権にかけての秘密警察の時代と、クメール・ルージュのポル・ポト政権による大量虐殺の時代が描かれる。主人公の一人ソリアはポル・ポトの隠し子とされたプノンペンの孤児で、嘘を見抜く能力を持つ少女である。もう一人の主人公の少年ムイタックはバタンバン州の田舎ロベーブレソン村出身の天才児。他にも、へんてこな能力を持ったマジック・リアリズム的な人物が何人も登場する。少女と少年は、バタンバンの街でカードゲームの勝負を行い、本当の楽しさを味わった。この日にクメール・ルージュによる支配が始まってしまう。

下巻は、近未来2023年が中心となって話が進むSF小説である。ソリアは政治家となっている。ムイタックは大学教授となり脳波(誘発電位)でコントロールするゲームを開発した。

ソリアは1956年生まれで、18歳の時にクメール・ルージュによる占領を体験した。筆者と同年代の設定である。筆者も、都市から農村への強制移住を一面で報じた新聞記事を覚えている。

ポル・ポトにより、カンボジアの人口800万人のうち170万人が殺害されたと考えられている。その原始共産制の試みと文明破壊の悲惨な光景を描いたのが、1984年の名作映画「キリング・フィールド」だ。映画も見ておいた方が、状況を理解しやすいだろう。

筆者の唯一のカンボジア実体験は、2006年のシェムリアプ、アンコール遺跡旅行である。観光の中心地では地雷の危険性がなくなったので、一家の夏休み旅行として行った。当時遊んでいたゲームの舞台にアンコールワットがあり、どうしても本物を見たかったのである。

「ゲームの王国」は2017年8月に単行本が刊行され、第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を受賞した。文庫と電子書籍が出たのは2019年12月だ。

マリオン・ジマー・ブラッドリー ダーコーヴァ年代記「カリスタの石」阿部敏子訳

6冊目。ダーコーヴァ年代記は創元推理文庫で、1986年から1988年の間に22冊が翻訳刊行されました。残念ながらシリーズ途中で出版は打ち切りでしたが、この世界にどっぷりと浸っていたファンは多かったはずです。

人類が不時着して、独自の文明を作り上げた惑星ダーコーヴァが舞台。剣と魔法ならぬ超能力(ララン)の世界。女性たちがみんな生き生きと描かれてました。

一番好きだったのが「カリスタの石」、次は「ホークミストレス」かな。

カバーと挿絵は、加藤洋之&後藤啓介でした。

スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」飯田規和訳

7日間ブックカバー紹介のまねごとの5冊目です。ポーランドSFの巨匠であり、世界的SF作家であるスタニスワフ・レムの、ファーストコンタクト三部作の3番目を選びました。三部作は、人類とは違う異星人との意思疎通の不可能性がテーマとなっています。ハチ(米津玄師)の「砂の惑星」ではありませんよ。

レムを読み始めたのは、アンドレイ・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」の原作者であり、原作「ソラリスの陽のもとに」が映画よりずっと素晴らしいという評判を聞いたからです。現在は新訳版が「ソラリス」という書名で出ています。

意思を持つ惑星の海との葛藤を描く思弁的な「ソラリスの陽のもとに」と異なり、「砂漠の惑星」は未知の敵との戦いも描かれ、エキサイティングで没入しやすい小説です。これでレムに魅せられて、レムの作品を次々と読んでいきました。

この頃(1979年ごろ)読んだSF小説は、大御所の作家のものが多かったと思います。アーサー・C・クラークならば「幼年期の終り」は、1953年の作品ですが必読の名作です。後味は苦いものが残ります。好き嫌いで言ったら、1980年に邦訳が出た「楽園の泉」のほうが好きでした。

草野原々「大絶滅恐竜タイムウォーズ」

SF作家、草野原々の作品を今までに読んだことがあり、「良し」あるいは「気になる」と捉えている読者には解説は不要。ぜひとも勧めよう。デビュー作、「最後にして最初のアイドル」に負けない規模を持つ、物語とはなにか、キャラクタとはなにかを問いかける作品である。

さあ彼女の「内面を想像して、共感して感情移入しましょう」。

このシリーズの第1作、「大進化どうぶつデスゲーム」を、先に読んでいたほうがこの小説をより楽しめる。前作は18人の少女たちをすべて一人称で語らせる実験作であったが、話の盛り上がりとその帰結という物語性は存在した。本作では、物語はメタ的にどんどん解体されていく。地球生物の進化の歴史、宇宙規模の物理学など、興味深いガジェットに惹きつけられている間に、遠く離れた地平線に墜落することとなる。

草野原々は、「最後にして最初のアイドル」で、2016年に第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞。電子書籍で商業デビュー。同作は2017年、第48回星雲賞日本短編部門を受賞。2018年に「エヴォリューションがーるず」「暗黒声優」を加えた短編集「最後にして最初のアイドル」が刊行された。メタフィクション「これは学園ラブコメです」(2019年)、電子書籍「【自己紹介】はじめまして、バーチャルCTuber 真銀アヤです。」(2019年)がある。

伴名練「なめらかな世界と、その敵」

表紙イラストは、「さよならピアノソナタ」「ib インスタントバレット」「かぐや様は告らせたい」の赤坂アカ。コミックスになった連載マンガはすべて読んでいる。ジャケ買いした。

早川書房によると、伴名練は寡作ながら発表した短編のほとんどが年間日本SF傑作選に収録され、高い評価を得ている逸材だと。その初のSF短編集だ。全6篇。

私のSF小説の嗜好にマッチした。

イラストだけを見て、表題作「なめらかな世界と、その敵」を読み始めた。第2章で、いくつもの並行世界を行き来できる世界設定はちゃんと説明されるが、まったく予備知識がないと第1章は苦しいかも。最後は、陸上に賭ける少女2人の青春小説となり、爽快感にあふれる。

「シンギュラリティ・ソビエト」。1960年代にソ連の人工知能「ヴォジャノーイ」がシンギュラリティを突破した。ダークな歴史改変もの。この作品が一番好きだ。大量の赤ん坊の群れが人工知能通りを整然と進んでいく。人間は脳の半分を、ヴォジャノーイに演算資源として提供している。

書き下ろしの時間SFもの、「ひかりより速く、ゆるやかに」。時間SFの幾多の名作が小説中で紹介されている。この部分の拡大版、作者のSF愛を伝える長文の「あとがきにかえて」がWeb上で公開中だ。

https://www.hayakawabooks.com/n/n074ba53b3392

「ひかりより速く、ゆるやかに」の冒頭、試し読みはこちら。

https://www.hayakawabooks.com/n/n0cfa8c1132ce

劉慈欣「三体」

我が国でも発売後あっという間にベストセラーとなった。中華人民共和国の作家、劉慈欣のSF小説である。日本語版が2019.7.4に出た。

アジア人の作家として初めてヒューゴー賞を受賞。マーク・ザッカーバーグ、バラク・オバマらが絶賛している。読みやすく娯楽性に富みおもしろい。

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望したエリート女性天体物理学者、葉文潔は、宇宙に向けて今までにない方法を用いてメッセージを発信してしまう。とある三重星系は古典力学の三体問題の世界であり、予測できない天体運行の中で文明の発展と滅亡を繰り返す三体星人がいた。

文化大革命の描写が鮮烈だ。革命が始まった頃、私は小学生だったが、日本の出版メディアが毛沢東語録を模した赤いビニール表紙の手帳をおまけに付けて、紅衛兵ブームを煽っていたことを覚えている。流行が過ぎ去ったあとは革命の批判だけが残った。ほめたたえていたのは何だったのだろう。釈然としない思いが記憶にある。

スティーヴン・ウェッブの著書、「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由」を関連書籍として勧めよう。2004年初版で、私が読んだのは2005年になってからだ。物理学者エンリコ・フェルミによるフェルミ推定を初めて紹介した書籍である。「シカゴにはピアノの調律師が何人いるか」というのが典型問題だ。グーグルの入社試験でも出題された。フェルミ推定によれば、われわれと通信しようとする地球外文明が百万あってもおかしくないのに、なぜどこにいるかわからないのだろうか。

新版は「広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由」とボリュームアップしているが、未読である。

三体星人の惑星は文明崩壊と再生の過程で、ロッシュ限界を越え一部分が分離し月を形成した。地球は、月の潮汐力により自転速度が抑えられている。月がなければ強風が荒れ狂う世界となっていた。また、月が地球の自転軸の傾きを安定化させている。「もしも月がなかったら」ニール・F・カミンズ、邦訳1999年も紹介しよう。同じく2005年に読了している。文明の発達には月の存在が欠かせないということだ。