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森山開次「踊る。遠野物語」

前回に続けて民俗学の話題で。日本民俗学は、柳田國男の説話集「遠野物語」により切開かれたと書いても今は問題とならないだろう。その意義についての検討は現代でも続けられている。舞台化の試みも絶えることはない。

2025年12月28日東京建物Brillia Holeで、Kバレエ・オプトのバレエ+舞踏+歌舞伎の「踊る。遠野物語」を観て感動した。年末で気が回らなく、ブログ等に載せるのはこれが初めてとなってしまった。東京での公演は12/26, 12/27, 12/28の3日間5回だけだった。期間が短すぎて勿体ない。

出自の異なる集団の踊りをバランスよくまとめあげたのは、自らのダンスも披露した演出の森山開次。Kバレエのメンバーはバレエを踊り、麿赤兒率いる舞踏集団大駱駝艦は舞踏を踊る。さらに名門・尾上家の寺島しのぶとフランス人アートディレクターの父の血を引く13歳の逸材尾上眞秀が、この世とあの世のあいだに佇む神秘的な少年を演じ、物語の運命を左右する。

400年以上前から遠野に伝わる郷土芸能シシ踊りの奥伝を、森山開次は板澤しし踊り保存会から授けられたということだ。今回の舞台、シシ踊りがクライマックスだった。

大駱駝艦・天賦典式「パラダイス」

13524560_1073205356066484_2951147183999506226_n 13576672_1074395015947518_7815621408615954088_o2016年6月30日、大駱駝艦の舞踏公演「パラダイス」を世田谷パブリックシアターで観ました。大駱駝艦の舞踏は、そのスペクタル性が特徴で大規模に行う本公演は天賦典式の名を冠せられます。今回の舞台は装置が白一色であり、そこで剃髪・白塗りの男性舞踏手と、眉を落として髪をひっつめた白塗りの女性舞踏手が踊るのですから、色彩に対する飢餓感が生じました。色のない舞台では、光が多弁となり様々なことを語りかけてきます。

麿赤兒を中心に据え、舞踏手全員が鎖で放射状に引っ張っているシーンから舞台が始まります。あえて具象的なイメージを持ち出せば、大駱駝艦という艦船を全員で支えていると例えるべきか、全員が艦船に拘束されていると例えるべきか。

アンリ・ルソーの絵画が映しだされもしましたが、基本はやはり白色でした。赤、青、黄の原色のウィグを被って女性舞踏手が登場した時は、憧れにも似た心の底からの情動が湧き起こり、きれいだという想念に支配されました。それまでは、男性舞踏手の方がずっと魅力的に見えていたのです。

その昔、大駱駝艦の豊玉伽藍が江古田にあった時に観た、薄暗いアトリエ公演。初めて天賦典式を調布で観た時の、煮しめたようなボロを着た亡者の群れ。それらと対比すれば、光に溢れ、金銀原色の衣装を着た白色の舞台はまさにパラダイスの顕現と言えます。

動く箱の装置を用いた踊りに、舞台は移り変わって行きました。この箱の外壁はやはり白が基調で、饒舌な光を反映しました。ところが途中から箱を逆向きにして、青く塗られた内側を見せてしまいます。通常は隠された装置の内部を客席から見るのは、内臓が取り出された生物標本の中を覗き見る感覚でした。

そして、麿赤兒と鎖のシーンに戻ります。麿の衣装は、緑から白に変わっています。