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渡辺洋「向日(こうじつ)」

https://youtu.be/FoGkn9ppsVo

その昔、演劇シーンでともに活動した友人の詩人、渡辺洋(故人)の遺した詩が楽曲となりました。アートにエールを!東京プロジェクトの参加作品です。

作曲はウィーン国立音楽大学声楽科でアジア人で初めて教鞭を取った三ッ石潤司。テノールの佐藤洋とギターの岡本拓也とはウィーンでの仕事繋がりです。

朗読はこの作品の発案をした葉野ミツル、彼女も古くからの友人です。テノールの佐藤洋とは親と子の関係。

とても美しい曲となっています。よろしければリンクをクリックしてご鑑賞ください。

https://youtu.be/FoGkn9ppsVo

アルフレッド・ジャリ「超男性」澁澤龍彦訳

7冊目。フランスの小説家、劇作家であるアルフレッド・ジャリの代表作。シュルレアリスムの先駆者と位置づけられています。

人間と機械とセックスが、競争というスポーツを通じて無機質的に結びつけられました。そこにはヒューマニズムは存在しません。1902年の作品です。

ジャリは、近代演劇を語る時に第1ページに出てくる戯曲「ユビュ王」の作者でもあります。

マリオン・ジマー・ブラッドリー ダーコーヴァ年代記「カリスタの石」阿部敏子訳

6冊目。ダーコーヴァ年代記は創元推理文庫で、1986年から1988年の間に22冊が翻訳刊行されました。残念ながらシリーズ途中で出版は打ち切りでしたが、この世界にどっぷりと浸っていたファンは多かったはずです。

人類が不時着して、独自の文明を作り上げた惑星ダーコーヴァが舞台。剣と魔法ならぬ超能力(ララン)の世界。女性たちがみんな生き生きと描かれてました。

一番好きだったのが「カリスタの石」、次は「ホークミストレス」かな。

カバーと挿絵は、加藤洋之&後藤啓介でした。

スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」飯田規和訳

7日間ブックカバー紹介のまねごとの5冊目です。ポーランドSFの巨匠であり、世界的SF作家であるスタニスワフ・レムの、ファーストコンタクト三部作の3番目を選びました。三部作は、人類とは違う異星人との意思疎通の不可能性がテーマとなっています。ハチ(米津玄師)の「砂の惑星」ではありませんよ。

レムを読み始めたのは、アンドレイ・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」の原作者であり、原作「ソラリスの陽のもとに」が映画よりずっと素晴らしいという評判を聞いたからです。現在は新訳版が「ソラリス」という書名で出ています。

意思を持つ惑星の海との葛藤を描く思弁的な「ソラリスの陽のもとに」と異なり、「砂漠の惑星」は未知の敵との戦いも描かれ、エキサイティングで没入しやすい小説です。これでレムに魅せられて、レムの作品を次々と読んでいきました。

この頃(1979年ごろ)読んだSF小説は、大御所の作家のものが多かったと思います。アーサー・C・クラークならば「幼年期の終り」は、1953年の作品ですが必読の名作です。後味は苦いものが残ります。好き嫌いで言ったら、1980年に邦訳が出た「楽園の泉」のほうが好きでした。

ジャック・モノー「偶然と必然」渡辺格・村上光彦訳

4冊目。ジャック・モノーはノーベル生理学・医学賞を1965年に受賞したフランスの分子生物学者です。「偶然と必然」は1970年の書籍で、日本語訳が出たのが1972年。筆者は大学の教養課程1年の時(1975年)に読みました。

生物とは何かということから考察が始まります。

分子生物学の立場からダーウィンの進化論を解釈し、キリスト教的世界観と、マルクス主義の弁証法的発展に則って進化があるとする思想を妄言として切り捨てました。今では当たり前と言える主張ですが、発表当時は論争を呼んだということです。

論証は明解で力強く、科学的思考法のあり方に誇りを持たせてくれる本でした。

「大自然 その驚異と神秘」日本リーダーズ・ダイジェスト社編

3冊目。1970年の本です。百科事典サイズの判型に、生態学を中心として地質学、天文学に至るまでの111編の論説が、カラー写真をふんだんに使用して収載されています。文章は平易で漢字にはルビを振り、小学校高学年から読めるよう配慮されていました。今日なら、ナショナルジオグラフィックに載っているような記事と表現すればいいでしょうか。ナショナルジオグラフィックの日本語版は1995年発刊で、まだこの時代にはありませんでした。

50年前に出版された本書を今、ざっと読み返してみると、干潟生態系の環境に対する重要性がすでに説かれています。一方、恐竜について書かれた記事では、恐竜と現生爬虫類が同一視されていたり、恐竜絶滅の原因は諸説あるが不明とされ、恐竜から鳥類が進化して生まれたという考えはまったくなかったことがわかります。

学校から帰ったあと毎日ワクワクしながらひもといていた書籍も、とっくの昔にその役割を終えていたのですね。

ジャン・ジュネ「花のノートルダム」堀口大學訳

さて、自分に大きな影響を与えた本の紹介、2冊目を投稿します。孤児で、泥棒、同性愛者のジュネが、監獄の中で記した処女作の小説です。

「花のノートルダム」を読んだのは、筆者が高校生の時です。我が国では60年代から70年代前半まで、実存主義の流行がありました。哲学者のジャン=ポール・サルトルが評論「聖ジュネ」で、ジュネを激賛しているという話をきっかけにして、ジュネの作品に親しむようになりました。サルトルの評論の方はまったく目を通していませんので、実存主義的解釈の内容は知りません。

ジュネは言葉を自由奔放に使いこなします。筆者は、それまでは文章は読めても書くことができない。作文の課題はいつも出さずに帰宅。何らかの心理的トラウマの中に閉じ込められていたのですが、「花のノートルダム」を読んで解放されました。自由な文章を書くのなら、言葉は現実にこだわる必要はなく、お気に召すままでいいんです。

ベトベトした心の中の本音を晒すのは、かっこ悪くて好きじゃありませんが、ここは少しだけ正直になって書きました。

新潮文庫の表紙絵は、村上芳正の手によるものです。

ルイス・キャロル「ふしぎの国のアリス」岩崎民平訳註

Facebookで、自分の好きな本の表紙を7冊紹介するのが流行っています。読書文化の発展のためという趣旨のようです。ブログで真似してやってみようと思い立ちました。映画なら、自分にとって重要な上位に位置する作品はだいぶ以前から順位付けしているのですが。1位はキューブリックの「2001年宇宙の旅」。本となると、選択肢が多すぎて意外と難しい。でも、第1位はこの本しかありえません。原文でも、翻訳でも幾度となく読みふけりました。

研究社の英和辞典で有名な岩崎民平が、翻訳と註釈を行い原文と併記で対訳という形で出版したのが、写真の研究社新訳註叢書だったと思います。Amazonのサイトで書影を探し出しました。旧字の「國」ではなく「国」だった気もしますが。自分の持っていたものは繰り返し手に取りボロボロになってしまい、別の訳者による新しい翻訳や原文も簡単に手に入るようになったことから、だいぶ前に捨ててしまっています。

多数の言葉遊びが含まれ、鞄語と言われる2つ以上の言葉の意味を1つの言葉に詰め込んだ合成語が頻出する文の味わいを逃さず読むのに、多くの註解とともに原文に当たれる本書はとても役立ちました。また、現代英語と比べるとイディオムがあまり出てこない、19世紀ヴィクトリア朝の格調高い文章です。大学受験とは無縁なのが良かった。

挿絵はオリジナルのジョン・テニエルのものが使われていました。

2冊目ももう決めていますがいつ投稿できるかはわかりません。

鷹匠裕「帝王の誤算」

作家、鷹匠裕のメジャーデビュー作の、企業小説・経済小説です。作者は、私と同じ年に東京大学に入学し、同じ演劇系サークルで活躍していた古くからのダチであります。東大文学部卒業後、業界第2位の広告代理店に就職し、コピーライター、ディレクター、プロデューサーを経て作家となりました。

作者のインタビューがWebに掲載されていますので、リンクを貼っておきます。

広告業界出身の著者が描くリアル企業小説! 『帝王の誤算』刊行記念インタビューhttps://kadobun.jp/interview/128/9bff07cf?fbclid=IwAR1CGOhoy5MjGEJ2XfmHV_0htQci2seNzhAYf-7dAlpaPDHKlWtttyzoWZk

帯のキャッチコピーがセンセーショナルですが、帯は出版社が書いた宣伝文であり作者は一切関知していないということです。この業界で起こった、新入社員の痛ましい事件の記憶がまだ生々しい現在、本文は抑えに抑えて書かれています。インタビューにある通り、業界全体を理解してもらいたいという思いのなせるわざなのでしょう。バブル以降の日本現代史の総まとめと捉えることもできます。

作者の自動車へのこだわりからか、最初の方の章で、国産自動車の宣伝にまつわるエピソードが描かれます。自動車に対する興味が薄い私にとっては、この部分を乗り越えるのがもっとも大変でした。クラウンやマークIIは高級乗用車の代表格だったんですか、知りませんでした。

カルメン・マキ「45th Anniv. Live ~Rock Side & アングラ Side~」

67歳になって、今も現役でライブハウスに出ているカルメン・マキの、デビュー45周年記念公演のLIVE映像作品だ。Rock Sideとして、2014.11.25にLIQUIDROOMで行われた、「カルメン・マキ&OZ」奇跡の復活となったLIVEが、アングラ Sideとして、2015.2.6-7のザムザ阿佐谷での、「時には母のない子のように」を含む寺山修司作詞の楽曲と、「天井桟敷」の演目、詩の朗読パフォーマンスが収録されている。

カルメン・マキは1968年に寺山修司率いる「天井桟敷」に入団し、17歳のとき、1969.2に寺山修司作詞の「時には母のない子のように」で音楽界にデビュー。ミリオンセラーの大ヒットを成し遂げた。その頃筆者は小学校6年から中学校1年だ。思春期の少年として、まっすぐなロングヘアーに憧れた。カツラだったと聞いたときは、動揺を隠せなかった記憶が残っている。このLIVEには収録されていないが、2番目のシングル「山羊にひかれて」がとても好きだ。作詞はやはり寺山修司である。

1970年にロックに転向した。ファーストアルバム「カルメン・マキ&OZ」は1975.1だ。ロックシーンでは強めのカーリーヘアにしている。「カルメン・マキ&OZ」の活動は知っていたが、当時の洋楽ロック中心の音楽事情では、なかなかその楽曲に接する機会がなかった。1979年に、村上龍の芥川賞受賞作品「限りなく透明に近いブルー」が、村上龍自身が監督の映画ということで鳴り物入りで公開。世間の映画評は気にせず映画館で観た。主題歌はカルメン・マキのロックだった。「青白い夕焼け」である。とにかくこの曲でカルメン・マキに惚れ直した。残念ながらこの曲もこのLIVEでは演じられていない。

自分の主宰してた劇団で、練習開始の曲として、全員腰を割った姿勢で毎日「青白い夕焼け」を歌うことにした。今、調べると4分19秒の曲だ。足腰の体感時間は、ずっと長い曲での辛いトレーニングだった。

筆者にとって、天井桟敷でのアングラ活動がなければ、ロックシーンでの活動にも関心をそそられることはなかったはずだ。ロックとアングラの両面で構成された、この映像作品はとても心に響く。