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円城塔「去年、本能寺で」

歴史を題材にしながら、鮮烈なSF的想像力によって読者を異なる時間と空間に連れ出す野心作です。

織田信長の本能寺を舞台の中心として、過去と未来、現実と虚構を交錯させることで、歴史的事件を一つの「もしも」のシミュレーション空間として提示します。そこでは因果ははずれ、時間は裂け、人物たちはデータのように複製されていく。

従来の時代小説的枠組みを逆手に取り「歴史=固定された過去」という常識を覆すこの作品は、まさにSF小説ならではの実験精神の結晶です。

題名はフランス映画の巨匠アラン・レネの「去年マリエンバードで」(1961)への明確なオマージュとなっています。

「去年マリエンバードで」は記憶と時間、現実と虚構の境界を揺さぶる前衛的な映画で、登場人物の語りも、映像の構成も、観客に「これは現実か幻想か」を問いかけるものでした。円城塔の小説も同じように、「本能寺の変」という歴史的出来事を、確定した過去ではなく、ずれ・反復・仮想が入り込むSFの舞台装置として描いています。