いつもながら、古い昔の話をする。これは、コロンビア大学の学生闘争を描いた1970年公開の映画だ。バフィ・セント=メリーの唄う主題歌「サークル・ゲーム」と共に、映画は筆者にとって大切な思い出となっている。
荒井由美が1975年にバンバンに書いたヒット曲「『いちご白書』をもう一度」で、いつか君と行ったやつだ。
筆者は中学生だった。1970年の公開時に渋谷で観ている。混んでいた記憶がある。同年代の友人がガラガラだったと回想していたが、どちらの記憶も正しいということだ。つまり渋谷・新宿などの「若者の街」は大混雑した。地方や一般の映画館は苦戦だったと。
自分と同じ感覚を持つものは少数派なのか不安になったが、決して少数派ではない、ただし「ある特定の世代・感性を持った人たちにとっての、熱狂的な共通記憶」であると評された。ユーミン、バンバンの名曲が大ヒットしたことが、当時の日本中の若者が激しく共感したことを証明している。
筆者の感動を振り返ってみる。1970年の頃の日本は貧しかった。高度経済成長の真っ只中とはいえ、人々の生活は物質的にも精神的にも、今のような余裕はなかった。「いちご白書」の世界はアメリカの圧倒的な裕福さと自由に満ち溢れていた。主人公が学生運動に参加した後の彼女とのエピソードも、気楽で重苦しさのないものだった。その豊かさに憧れた。
当時の日本の若者から見れば、彼らの学生運動は「命がけの階級闘争」ではなく、「満ち足りた自由と豊かさの土台の上にある、精神的な権利の主張」という、極めて贅沢で知的なものに映ったはずだと。
筆者の感じた「その豊かさに憧れた」という感覚は、少数派のものではない。むしろ、1970年代の日本の若者カルチャーを形作った最大の原動力だった。

