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Project Itoh 「虐殺器官」

2017年2月9日、映画「虐殺器官」を観た。

2009年3月に34歳の若さで病没した、作家伊藤計劃の小説「虐殺器官」「ハーモニー」と、冒頭部が絶筆として遺され、盟友の円城塔が書き継いだ「屍者の帝国」の3作を劇場アニメ化する企画がProject Itohである。3つの映画をそれぞれ別のスタジオが制作したが、キャラクター原案をすべてイラストレーターredjuiceが行い世界観の統一が図られた。また、主題歌は全作品でEGOISTが担当した。アルバム「リローデッド」に収められている。2015年10月に映画「屍者の帝国」が、2015年11月に映画「<harmony/>」が封切られた。

映画「虐殺器官」は、製作会社の倒産があり公開が危ぶまれたが、新たなスタジオ「ジェノスタジオ」を設立しての制作再開となった。2017年2月3日、無事公開初日を迎えた。

3作品とも、ほぼ、原作小説に忠実な映像化が行われている。「虐殺器官」では、内省的な描写である主人公とその母親との関係性はあえて省かれているが、これにより物語の進行を映像のリズムとスピードで表現することが可能となった。

小説「虐殺器官」は伊藤計劃のデビュー作で、2007年6月発行。文庫版の刊行は2010年である。私が原作を初めて読んだのは、小説「ハーモニー」の英訳版が2011年4月にフィリップ・K・ディック記念特別賞を受賞したとの報からで、2011年5月に小説「ハーモニー」とともに読破した。米国の名の通ったSFの賞を、日本のSF小説が受賞したのは初めてだったのだ。

ノーム・チョムスキーの提唱する生成文法の理論に則って「虐殺器官」は書かれている。概念の説明のための会話が、アクションとアクションの間に多数挿入されているが、冗長となることはなかった。しかし、原作小説を未読であるか、生成文法に関する基礎知識をまったく持たない人が、いきなり映画を観たら違った感想を抱くかもしれない。

視覚に訴えるのであたりまえではあるが、SF的ガジェットの描写は映画の方が原作よりずっとわかりやすい。とくに、部隊員を入れて高空から目的地に射出される人工筋肉を用いたイントルード・ポッドは、原作でも映画でも最初の方から出てくる。原作の「巨人のボールペンのような漆黒の棒状の物体」ではイメージしきれなかった。バリエーションによる違いも巧妙にデザインされていた。

プログラムの表紙にはジョン・ポールが描かれている。

モルテン・ティルドゥム「イミテーション・ゲーム」

91jxpyhuy0l-_sl1500_数学者アラン・チューリング(1912-1954)の生涯を描いた2014年の映画「イミテーション・ゲーム」(日本公開は2015年)を、DVDで観ました。監督:モルテン・ティルドゥム。主演:ベネディクト・カンバーバッチ。

チューリングマシンの名の通り、コンピューターの誕生に重要な役割を果たしたアラン・チューリングですが、第二次世界大戦中にドイツのエニグマ暗号を解読し戦争終結に多大な貢献をしたことは、1970年代まで国家機密とされていました。

実際のエニグマ暗号解読の詳細については、サイモン・シン「暗号解読」などの書籍に詳しく書かれています。映画ではごく簡単に描写されているだけです。映画内でクリストファーの名で呼ばれる暗号解読装置ボンブは、映画の演出の都合上実物より大きく作られました。まるで1987年の日本のアニメ映画「王立宇宙軍 オネアミスの翼」に出てくる機械式コンピューターのように見えます。「オネアミスの翼」の方も、機械式コンピューターのデザインをボンブを参考にした可能性はあります。

これを書いた後Netflixで視聴可能になったので「オネアミスの翼」を見直してみましたが、コンピューターは電気式であり、機械式ではありませんでした。別の作品でしたか。「屍者の帝国」のは、もっとエレガントなデザインですし、記憶の出どころが不明です。失礼しました。

この映画の特に素晴らしいパートは、エニグマ暗号解読に成功してからラストまでの30分間です。

お勧めの映画です。まずは観てください。

デヴィッド・ボウイ「地球に落ちて来た男」

IMG_2017 IMG_2020ロックスター、デヴィッド・ボウイが2016年1月10日帰らぬ人となりました。このニュースがSNSを通してシェアされて来たのは、日本時間2016年1月11日の午後になってのことでした。大事件だと、すぐさま眼科スタッフのみんなに伝えましたが、ジェネレーションギャップを感じるはめとなりました。

ボウイの活動の幅は広く、ミュージック・シーン以外にも映画俳優としての活躍が有名です。大島渚監督「戦場のメリークリスマス」(1983)を観た人は多いと思います。古くからのファンにとっては、その後の人生に大きな影響を与えた映画として「地球に落ちて来た男」(1976)について語らないわけにはいきません。千石にあった座席数300の劇場、三百人劇場に観に行ったと記憶しています。三百人劇場は劇団昴の拠点でしたが、数々の演劇公演、名作映画の上映のため足繁く通っていました。

地球の人類と似た姿形のヒトが文明を築く、とある惑星は干ばつで苦しんでいた。地球の文明のことは、地球からのTV放送で研究し尽くされていた。妻と子供たちを残し、宇宙人デヴィッド・ボウイ(役名はトーマス・ジェローム・ニュートン)はロケットで単身地球にやって来た。地球より進んだ科学技術で特許を取り、商業的成功から資金を得て、母星に水を輸送するためである。しかし、その商業的成功が国家的情報機関の陰謀を招き、ボウイは誘拐隔離されボウイの企業の主要人物たちは粛清された。水と同じ無色透明な液体であるジンに溺れて、アルコール漬けになっていった。母星に残した家族の死が、超感覚でボウイに伝わった。変装用コンタクトレンズが眼球に張り付いて取れなくなり、元の宇宙人の姿には戻れない。母星に帰る手段もない。

地球の情報をチェックするためテレビセットを10画面以上並べて、すべて同時に見ていくシーンが画期的でした。まだ、パソコンもない時代であり、マルチディスプレイの未来が来るなど考えられないことでした。今、私は診療で3つのディスプレイを同時に使用していますが、ディスプレイが多いほどかっこいいと、この映画で刷り込まれた人はたくさんいることでしょう。

ボウイの音楽活動は1980年代に入ってから、一般の人が受け止めやすい楽曲に変わり、”Let’s Dance”, “China Girl” は多くの賛同者を獲得しました。ナスターシャ・キンスキー主演の映画「キャット・ピープル」の主題歌を歌ったことも話題となりました。

私が、1980年に作・演出した芝居で、幕間狂言のBGMとしてボウイの1979年のアルバム “Lodger”から、”African Night Flight”を使用しました。役者たちの肉体に過酷な負担を強いる演出だったので、皆から怨念と呪詛を受けることとなりましたが、今でもこの曲を聴けば体が勝手に動きだす当時のメンバーはいるだろうと想像します。このアルバムの曲のなかでは”Yassassin”が1番好きでした。